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交通事故による高次脳機能障害の裁判事例

交通事故による高次脳機能障害(9級相当)の裁判事例

ここでは、高次脳機能障害の裁判事例をみて、実際のどのような事例が、(等級認定も含め)高次脳機能障害と認定され、さらに、どのような損害が認定されているかを見てみたいと思います。

 東京地裁H25.1.11(控訴中) 
事案の概要優先道路を直進する被害者バイクと、交差道路から右折進行してきた普通貨物車(自動車)の衝突。被害者(35歳男性)は、外傷性くも膜下出血、脳挫傷(前頭葉及び後頭葉)等の傷害を負い、9か月入通院した(入院日数8日)。MRI画像上、左前頭葉に出血性変化を認める
受傷当初の意識障害の有無意識障害有り
高次脳機能障害特有の症状①新しいことを覚えられない②複数の作業を同時に行えない③感情の変動が激しく、気分が変わりやすい④感情や言動をコントロールできないといった症状が時々起こる
認知機能に関する神経心理学的検査の有無有りH22.7.15、日本版WAIS-Ⅲ(成人知能検査)を受検言語性IQ 104動作性IQ 82全検査IQ 94(90~109が平均、80~89が平均下とされる) 
記憶機能の障害のテスト有りH22.8.19、WMS-R(ウエクスラー記憶検査)を受検言語性記憶86視覚性記憶97一般的記憶87(この検査の標準は、100(±15))
事故後の状況被害者は、H21.1.12発生の事故当時、事務機器の販売会社に勤務し、事故による休職、H21.12復職。約束等を忘れる。仕事の手順を覚えることができない。人や物の名前が思い出せないといった後遺症や、重いものを持つことが困難となり、事務機器の設置や回収の業務ができず、H22.12解雇された。H23.1から、文房具の販売会社に勤務しているが、被害者の叔母の経営する会社で、叔母の温情と、被害者の努力により勤務の維持ができている状況
認定された後遺障害等級9級10号「神経系統の機能または精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」※(9級10号の補足的な考え方)「一般就労を維持できるが、問題解決能力などの障害が残り、作業効率や作業持続力などに問題があるもの」 参考(7級4号の補足的な考え方)「一般就労を維持できるが、作業の手順が悪い、約束を忘れるミスが多いなどのことから一般人と同等の作業を行うことができないもの」
労働能力喪失率35%(自賠責の9級所定の労働能力喪失率のとおり)
逸失利益の算定の基礎収入420万円(事故前年のH20の実収入)
喪失期間32年(症状固定時35歳、就労可能年限67歳までの32年
逸失利益の損害額420万円×0.35×15.8027(32年のライプニッツ係数)=2322万9969円
後遺症慰謝料690万円(9級の一般的慰謝料額と同額)

上記の事例では、被害者は、事故後も就労に至っており、認知機能や記憶機能のテストも受験し、その結果は、標準を明らかに下回るものではなかったですが、事故後の就労状況や、①新しいことを覚えられない(認知障害)②複数の作業を同時に行えない(行動障害)③感情の変動が激しく気分が変わりやすい感情や言動をコントロールできない(人格変化や行動障害)といった障害の存在が、具体的に、家族等の身の回りにいて被害者の状況把握が可能なものが作成する日常生活報告書等や医師の「神経系統の障害に関する医学的意見」等により、立証され、これをもとに、裁判所が、9級10号に相当する高次脳機能障害の後遺障害の残存を認定したと認められます。

また、被害者の具体的な状況によって、7級に該当するのか、9級に該当するのかは、「補足的な考え方」の表現をよりどころにしても、区別が必ずしも明確にできるわけではないのかも知れませんが、上記事例では、認知機能や、記憶機能のテストが、明らかに標準を下回っていなかったことも考慮され、9級と認定された可能性が考えられます。

交通事故による高次脳機能障害(7級相当)の裁判事例

 大阪地裁H28.6.14(確定) 
事案の概要H25.2.10事故。被害者直進バイク、加害者対向右折四輪。被害者、外傷性くも膜下出血、脳挫傷等、178日入院、9か月通院。H26.5.28症状固定
事故直後の意識障害の有無初診時の意識レベル1(覚醒しているが、意識清明とはいえない)
高次脳機能障害に関する具体的な症状H26.3.15~H27.1.17の受診結果記憶や処理能力の低下。そのため動作がスローペースになりやすい(注意、遂行、言語、知覚等は、平均か、平均をやや下回る)復職時の注意点;通勤、業務で自動車及び自転車の運転をしない。危険個所でも作業をしない。重量物の扱いをしない。当面は単独での作業判断は行わず、必ず見守りをつける。半日勤務から、慣らし、終日勤務に移行し、時間外業務を行わない 
同上H25.8.21~H26.5.28の他の病院の受診結果運動機能は、全て自立。身の回り動作能力は、公共交通機関の利用にときどき介助、見守り、声かけが必要な以外はすべて自立認知、情緒、行動障害については「気が散りやすく飽きっぽい」「話がまわりくどく、考えを相手に伝えられない」「周囲の人との意思疎通を上手に行えない」「複数の作業を同時に行えない」「行動を計画したり、正確に追行することができない」「感情や言動をコントロールできない」「ふさぎこむ、落ち込む」「特に理由もなく不安を感じている」については、代償手段の工夫や家族等の援助で対処できている「以前に覚えていたことを思い出せない」「新しいことを覚えられない」「疲れやすい」「すぐ居眠りする」「自発性低下、声かけが必要」「発想が幼児的、自己中心的」「粘着性、しつこいこだわる」「感情の変動が激しく気分がかわりやすい」「ちょっとしたことですぐ怒る」「暴言、暴力」「受傷前と違っていることを自分では認めない」につき、障害はあるが軽度であり、生活には支障なし「性的な異常行動、性的羞恥心の欠如」「夜寝付けない眠れない」「幻覚や妄想がある」につき障害なし 全体として日常生活に支障をきたすほどではないが、職務を行う上で、素早い判断に低下があり、復職に支障をきたしている  
自賠責の等級認定7級「補足的な考え方;一般就労を維持できるが、作業の手順が悪い、約束を忘れる、ミスが多いなどから一般人と同等の作業を行えない」⇔比較9級の補足的な考え方;一般就労を維持できるが問題解決能力などに障害が残り作業効率や作業持続力などに問題がある、⇔比較5級の補足的な考え方「単純繰り返し作業などに限定すれば、一般就労も可能。ただし新しい作業を学習できなかったり、環境が変わると作業を継続できなくなるなどの問題がある。このため一般人と比較して作業能力が著しく制限されており、就労の維持には、職場の理解と援助が欠かせない
裁判所の認定7級
逸失利益の算定の際の労働能力喪失率、基礎収入、労働能力喪失期間35%(7級の一般的な労働能力喪失率は56%)、事故前年収606万0982円、喪失期間13年
上記認定の理由H26.9復職後に現実の減収なし、役場での事務作業を担当できているため、労働能力に対する影響は限定的定年退職後に、再就職した際には、減収する可能性もある他方、記憶及び処理能力の高次脳機能障害による障害は役場での業務にも影響しうるものであることからすると、現実に減収が生じていないのは、役場の給与体系、同僚の配慮、被害者の特別な努力も一定程度ある
後遺症慰謝料1030万円(7級の一般的基準は1000万円)

上記の7級の判断においては、被害者について、記憶及び処理に関する能力低下がみられ、1つ1つの動作がスローペースになりやすいとの医師の指摘があること、そのことが、役場での事務作業に一定の影響を及ぼしている可能性があることが、重視されていると考えられます。

また、被害者は、復職後、減収を生じていませんが、これは、勤務先の給与体系や同僚の配慮、被害者本人の努力によるとして、逸失利益の損害発生を否定するものでないとしています。(事故の減収がない場合に、逸失利益が否定される場合があることについては、こちらをご参照ください)。

もともと、減収がない場合に、逸失利益を否定する場合として、最高裁判例で前提とされているのも、後遺障害の程度が比較的軽い場合を想定していることからすると、本件では、上記判例の当てはまるケースではないといえます。

また、被害者は、症状固定時で54歳であり、60歳で定年した後の再就職で不利益を受ける可能性も高いことを考えれば、裁判時点で、減収がないことも、それほど重視できないことになります。

そうすると、上記裁判例において、労働能力喪失率が、一般的な7級の場合より、低めに認定されたのは、むしろ、基礎収入を、労働能力喪失期間を通じて、事故前の年収で算定したこととの均衡を図ったものとみることができます。

労働能力喪失期間が、定年後をまたぐ場合には、定年後の逸失利益の基礎収入は、60歳以降の平均賃金をもって算定する例もあり(これによると、学歴計で60~64歳で435万円、高卒計で372万円程度になります)、本件では、事故前606万円の年収を、定年後の逸失利益の算定にも用いていることから、その分、労働能力喪失率を35%(7級の一般的な喪失率は56%)と低めにみたとみることもできます。

もっとも、事故後も減収がないことも、やはり、一定の考慮がなされたと思われます。

冒頭の9級の裁判事例とこの7級の裁判事例を比較した場合に、判決文の理由の上では、明確に区別できるかどうかそれほど明瞭でないのも、注意を要します。5級と比べると7級と9級の境界は微妙な場合も考えられます

また、「身の回り動作能力は、公共交通機関の利用に時々介助、見守り、声かけが必要な以外はすべて自立していいる」とか業務に関し「当面は単独での作業判断は行わず必ず見守りをつけること」等が、医師の指示や所見として挙げられていますが、ここで指摘される程度の「見守り」の必要性は、別途、近親者の看視費用の請求を基礎付けるまでには至らないもであると考えられます。